尿沈渣を用いた移行上皮癌・前立腺癌の
Digital PCRによるBRAF遺伝子変異解析検査

サンリツセルコバ検査センターでは、東京大学動物医療センターとの連携により、犬の移行上皮癌及び前立腺癌における尿沈渣もしくは前立腺マッサージ液沈渣を用いたBRAF遺伝子変異検査を受託しております。

BRAF遺伝子の変異は人の悪性黒色腫や大腸がんに認められる遺伝子変異であり、遺伝子検査法が確立されています。犬においては膀胱移行上皮癌及び前立腺癌に高率(60~80%)に認められることが近年判明し、この度日本でもはじめて尿沈渣を用いたDigital PCRによる遺伝子診断を提供できることとなりました。私達が提供する高感度の手法により、尿中に存在するごく少数のBRAF遺伝子変異を持つ腫瘍細胞を検出することができます。

BRAF遺伝子変異とは
犬や猫における肥満細胞腫の発生にはc-KIT遺伝子の変異が深く関わっています。これらの変異は正常な細胞には認められず、遺伝子変異によりc-KIT分子が恒常的に活性化することでがん細胞の増殖を促進すると考えられています。
 2015年に、同様の遺伝子の変異が犬の膀胱移行上皮癌と前立腺癌にも発見されました1), 2)。それがBRAF遺伝子の変異です(図1)。この遺伝子変異は尿路の移行上皮癌と前立腺癌の約70-80%で認められ、また悪性腫瘍以外の正常組織や炎症性疾患、移行上皮乳頭腫等の病態ではこの遺伝子変異は認められないことが確認されています(図2)。

尿沈渣・前立腺マッサージ液沈査を用いたBRAF遺伝子変異解析検査について
 尿路移行上皮癌や前立腺癌では尿中や前立腺マッサージ液中に腫瘍細胞が剥離してきます。これを利用したものが本BRAF遺伝子変異解析検査です。これらの検体に含まれる細胞から遺伝子を抽出し検査を行うことで、BRAF遺伝子の変異の有無を確認します。もしも腫瘍を疑う症例であって、沈査中の細胞から抽出したBRAF遺伝子に変異が認められる場合は、移行上皮癌もしくは前立腺癌である可能性が極めて高いと考えられます。しかし、悪性腫瘍の中にもBRAF遺伝子に変異を持たない悪性腫瘍が20~30%存在しますので遺伝子変異が陰性であることは悪性腫瘍を否定する結果ではないことに注意が必要です。

このようにBRAF遺伝子変異解析検査は犬の尿路移行上皮癌及び前立腺癌の確定診断補助ツールとして有用ですが、単独で確定診断の根拠とすることはできません。診断に際しては、他の検査所見、特に細胞診(もしくはセルパック)検査所見と合わせて判断することが大切です。

Digital PCR法を用いた検査について
尿沈査・または前立腺マッサージ沈査中から腫瘍の変異遺伝子を正しく検出するためには非常に高感度の検査法が必須です。なぜなら、尿路移行上皮癌や前立腺癌の症例では強い感染や炎症を伴っていることが少なからずあり、このような場合には数百個のBRAF変異を持たない炎症細胞に数個のBRAF変異腫瘍細胞が希釈されています。私たちはいくつかの方法を検討してDigital PCR法が最も高感度に遺伝子変異を検出できることを明らかにしました(図3)。通常のシークエンスや制限酵素を使った方法では偽陰性となってしまうような症例に対してもDigital PCR法は有効であり、300個に1個の腫瘍細胞を検出することが可能です。また数千~二万の遺伝子を個別に解析するため、検体採取や検査中の予期せぬエラーやコンタミにも気づくことができます。